2008年8月8日

タモリさん弔辞、手にしていたのは白紙?

赤塚富士夫さんの逝去に伴う、タモリさんの弔辞はその内容のすばらしさからネット上でも大変話題になっています。最近思うのですが、ある道を究めている人というのは、言葉が鋭い。まるで自分用の洗練された辞書を持っていて、そこから人を揺り動かす言葉を発しているように思います。今回の弔辞においては、弔辞を読み上げる際にタモリさんが持っていた紙が実は白紙だったのではないかという話が出ています。あの話が、あの場で、タモリさんの辞書から即興的に生まれたものであったとすれば、益々畏怖の念を禁じえません。

いくつか印象に残った言葉をメモします。
「自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。」
「あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。」
「あなたも私の作品のひとつです。」という言葉がマスコミでは取り上げられていますが、私はそこにタモリさんのメッセージの肝があるとは思いませんでした。
むしろ、一ツ橋大学の野中先生がSOLジャパンで、ピーターセンゲとの講演で話していた「BE HERE NOW」ということの重要性、そうあることの難しさを「これでいいのだ」という軽やかなキーワードで処理してしまっている、その偉大さをたたえたかったのではないでしょうか。そして、白紙を持ちながら読み上げたタモリさんの弔辞も「BE HERE NOW」へのオマージュという文脈で考えれば、多分に納得がいくものだと思えます。

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